大阪簡易裁判所 昭和40年(ろ)1364号 判決 1965年6月21日
被告人 崎野一雄
昭三・八・五生 土工
主文
被告人を拘留二〇日に処する。
理由
(罪となる事実)
被告人は、鉄道係員の許諾を受けるなど正当な理由がないのに昭和四〇年四月二六日午後六時三〇分ごろ、国鉄大阪駅長が営業勧誘行為等をなす目的で立ち入ることを禁止している大阪市北区梅田町同駅構内に、他人を土工人夫として就労すべく勧誘する目的で立ち入り、同日午後七時二〇分ごろ、同駅構内中央待合所内において、谷田雄一に対し「仕事に行かんか」と申し向け、もつて就労の勧誘行為をなしたものである。
(証拠)(略)
(適条)
(1) 大阪駅構内立入の点 軽犯罪法一条三二号前段
(2) 就労勧誘の点 鉄道営業法三五条
(3) 刑法五四条一項後段((1)(2)は手段結果の関係にある)一〇条(重い(1)の罪の刑により処断)(拘留刑選択)、刑訴法一八一条一項ただし書
(本件の罪数について)
一、検察官は「本件は併合二罪である」旨主張し、弁護人は「本件は鉄道営業法三五条の罪のみ成立し、軽犯罪法一条三二号前段の罪は成立せず、この点は無罪である。なぜなら、鉄道営業法三五条の罪は、駅構内に立ち入る行為を当然予想しているから、同条の罪が成立するかぎり、右の立入行為はこれに吸収されるからである。かりにそうでないとしても、本件は牽連犯である」旨主張するので、本件の罪数につき説明を加える。
二、まず、判示の目的で大阪駅構内に立ち入つた被告人の行為は、軽犯罪法一条三二号前段に定める「入ることを禁じた場所」に正当な理由なく立ち入つた罪にあたると共に、鉄道営業法三七条に定める「停車場内」にみだりに立ち入つた罪にも該当すると認められる。
ただこの場合、軽犯罪法一条三二号前段と鉄道営業法三七条は、一般法、特別法の関係にあると解し、本件立入行為により後者の罪のみ成立するとみる余地があるようにも考えられるけれども、軽犯罪法一条三二号前段の罪は、特に入ることを禁止された場所(本件では大阪駅構内)に立ち入る行為を処罰するものであり、入ることを禁止されている場所であることの認識が行為者に存することをその成立要件とするのに対し、鉄道営業法三七条の罪は、特に立入を禁止されている停車場等でなくても(停車場は通常旅客または公衆が自由に立ち入ることのできる場所である)、これにみだりに立ち入れば成立するものであり、右軽犯罪法におけるような認識が行為者に存することを必ずしもその成立要件としないと解されることよりすれば、軽犯罪法一条三二号前段と鉄道営業法三七条とは、一般法、特別法の関係にあるものと解すべきでなく(逆に特別法、一般法の関係にないことは明らかである)、したがつて、被告人の本件駅構内不法立入行為は、一箇の行為にして二箇の罪名に触れるものとするのが相当である(東京高裁昭和三八年三月二七日判決高裁判例集一六巻二号一九四頁以下参照)。
三、つぎに、右二箇の罪が、これにひき続き行なわれた大阪駅構内における判示のような就労勧誘の罪(鉄道営業法三五条)に吸収されると解すべきかどうかにつき考えてみる。
なるほど、弁護人主張のように、就労勧誘行為をなす目的で停車場内に立ち入ることは、右の勧誘行為をなすに通常必要な予備的な行為であると考えられ、しかも鉄道営業法三五条の就労勧誘罪は、「車内、停車場その他鉄道地内において」のみ犯すことのできるものであるから、同罪の構成要件は、それ自体において、停車場等の内部における就労勧誘行為と、通常それに先立つてなされる停車場等の内部への不法立入行為を包括的に評価しているということができ、したがつて、殺人罪が成立すれば、その予備行為は殺人予備罪として処罰されず殺人罪に吸収されると同じように、就労勧誘罪が成立すれば、その予備行為的性質を有する停車場等の内部への不法立入行為はこれに吸収され、独立して処罰の対象とされないと解されなくもない。ただ、すでに説明したように、停車場内への不法立入行為については前記二箇の罪が成立すると解すべきであるから、これら二箇の罪の構成要件該当行為が、いずれも鉄道営業法三五条に定める停車場等の内部における就労勧誘罪の構成要件により、包括的に評価されるかどうかについては、なお検討してみなければならない。
そこで、鉄道営業法三五条の罪の構成要件をみると、同条は単に、「車内、停車場その他鉄道地内」における勧誘等の行為を処罰する旨規定するのみで、特に立入禁止の趣旨が表示されている停車場等の内部での勧誘等の行為を処罰する旨定めてないのであるから、このことより判断すれば、同条の罪の構成要件は、鉄道営業法三七条に定める一般の停車場等への不法立入行為を通常予想しているとはいえるけれども軽犯罪法一条三二号前段に定める立入禁止の趣旨が特に表示されている場所たる停車場等へ、その禁止に違反して立ち入る行為までをも通常予想しているとは解しがたいのである。
とすれば、鉄道営業法三五条の停車場等の内部での就労勧誘等の罪の構成要件をもつて、同法三七条により罰せられる「停車場等への不法立入行為」をも包括的に評価することは可能とすべきであるが、軽犯罪法一条三二号前段により罰せられる「特に立入禁止の趣旨が表示されている停車場等への不法立入行為」までをも包括的に評価することはできないと解するのが相当である。このことは、鉄道営業法三五条の罪の刑が科料と定められているのに対し、同法三七条の罪の刑がそれより軽い一〇円以下の科料とされ(もつとも罰金等臨時措置法四条三項により科料の額の定めはないものとされるが)、軽犯罪法一条三二号前段の罪の刑がそれより重い拘留または科料(もしくはこれらの併科)とされていることからしても、首肯することができるであろう。
以上を要するに、鉄道営業法三五条の停車場等の内部における就労勧誘等の罪が成立すれば、これに先立つ同法三七条の罪は当然これに吸収されるけれども、軽犯罪法一条三二号前段の罪は吸収されることなく成立すると解するのが相当である。
よつて、被告人の本件大阪駅構内不法立入行為は、軽犯罪法一条三二号前段の罪に、同駅構内での就労勧誘行為は、鉄道営業法三五条の罪に該当するというべく、後者の罪のみ成立するとする弁護人の主張は採用できない。
四、そして、以上説明したことからすでに明らかなように、大阪駅構内不法立入行為と同駅構内での就労勧誘行為は、通常手段結果の関係にあると認められるので、前記両罪を併合罪とする検察官の主張は採用しがたく、結局本件は牽連犯であるとの弁護人の主張を正当として採用する。
(裁判官 谷水央)